河嶋英里(三重バイオレットアイリス)
【サイドからの切りが上手】
サイドから切ってダブルポストになる「きっかけ」の動きがある。多くの選手は、ただ何となく目的地へ向かっている感じなのだが、河嶋は違う。「色んなところでスクリーンになれるよう意識しています」と言うように、行く先々で連鎖を起こしている。
まず動き出しのタイミングがいい。パスをもらう選手と瞬時に2対2になりながら、DFの背後を嫌らしい距離感で走り抜ける。目の前のボールを持った選手と、裏を走る河嶋の両方が気になるから、DFは混乱する。放置しておいたら、最初の動き出しから即パスをもらってポストシュートに持ち込む。河嶋のプレーを見れば、サイド切りはスクリーンであり、広義でのクロスになるんだなと実感できる。
【攻守のアクセントになる】
他にも試合を見ていれば、河嶋が地味に効いている場面がそこかしこにある。たとえばDFから速攻に転じる場面で、司令塔の加藤夕貴が捕まった。そんな時に河嶋がスッと真ん中に走ってボールをつなぎ、速攻を展開する。バイオレットのゴールシーン集でも、速攻のフィニッシュの前段階で、河嶋がさりげなく絡んでいることが多い。
守備面では5:1DFのトップになって、相手の攻撃のリズムを崩すのも得意。流れを変えたい時の重要なオプションのひとつでもある。最近は高い運動能力で華やかに動き回る細江みづきもトップDFで活躍しているが、河嶋の方がより地味にツボを押さえている。
サイズ、シュート力、スピードといった一芸で考えると、まずスタメンの7人には選ばれないタイプ。でも試合の局面で「ここで河嶋がいてくれたら」と思わせるような「うま味」がある。ボールゲームの4局面をスムーズに回すには、河嶋のような「無形の力」を持った選手が欠かせない。
【代表に選ばれないのは?】
巧くてクレバーな選手だけど、なかなか日本代表には選ばれない。いつも候補止まりで、悔しい思いをしている。このあたりは左サイドに求められる役割が、日本代表と三重とで違うからだと思われる。
日本代表のウルリック・キルケリー監督は、センターの横嶋彩(北國銀行)を6:0DFの1枚目に入れて、速攻での得点を増やしたいと考えている。横嶋のサイズを補完するために、左サイドにはまず2枚目を守れるスケールが求められる。次に日本代表はセットOFで7人攻撃を多用するので、両サイドは細かい動きよりもフィニッシャーに徹することが求められる。
シュート力とサイズだけで評価されると、河嶋は「物足りない」扱いになってしまう。しかし櫛田亮介監督率いる三重では、攻撃の起点であり、速攻のつなぎ役であり、DFのアクセントである。そうなると河嶋のクレバーさが活きてくる。代表と三重とどっちがいいとかではなく、そこは監督のハンドボール観の違い。また昔よりも女子のレベルが上がり、日本代表のメンバー選考に選択の余地が出てきたとも言える。河嶋は求められる場所で、細かい仕事を丁寧にすればいい。ハンドボール好きには「河嶋のプレーが好き」と言う人が多い。