「ハンドボール全般」カテゴリーアーカイブ

ハンドボールの魅力 ー 悪くても、あえて代えない

・悪くても、あえて代えない

反対に、選手交代をあえて我慢する監督もいます。選手が悪い状態でも代えないで、いいプレーが出た後に代えるのです。ひとつ間違えると、チームもその選手も泥沼にはまりかねない危険な采配ですけど、そこには監督と選手の信頼関係があります。

 

かつて緒方嗣雄監督がソニーセミコンダクタにいた時、女子球界の生きる伝説・田中美音子を交代させました。この日の田中は珍しく調子がよくなく、シュートも決まっていませんでした。しかし緒方監督は我慢して、田中が悪い状態を抜け出し、1ついいプレーを決めてからベンチに一度下げました。選手が落ちている途中で代えずに、立て直しのきっかけをつかんだ後に交代させる――非常に興味深い選手起用でした。

 

緒方監督は「そんなのは俺の勘や」と言っていましたけど、采配からは「田中は自分で立て直せる選手」という信頼が感じられました。自分で立ち直りのきっかけをつかんでから代えれば、次にコートに戻る時にもいいイメージで入れます。「ダメだから」の烙印を押さずに、死に駒を作らない起用法です。少々言葉足らずで、頭に血がのぼりやすいイメージが強かった緒方監督ですが、こういう感覚も持っていたのです。

 

同様に大崎電気の岩本真典監督も「選手を信頼してコートに送り出しているんだから、調子が悪いからと言ってすぐベンチに下げるような選手起用はしたくない」と言っています。22人の選手を抱えながら、年間通して選手のプレータイムをうまく割り振っている印象が、岩本監督にはあります。バスケットボールなどでよく見られる「選手をローテーションさせる」イメージに一番近い監督かもしれません。

 

選手を上手にローテーションさせる監督は、チームの底上げが得意です。やはり試合に出ないと、選手は伸びませんし、「自分で立て直す力」をつけないと、最終的にはレギュラーになれません。しかし戦い方で言うと、「リーグ戦向きの戦い方」と言えそうです。負けても次があるリーグ戦だから、選手の不調が底を打つまで我慢できるのです。トーナメントで選手自身の立ち直りを待っていたら、大会そのものが終わってしまうリスクがあります。

 

性善説と性悪説ではありせんが、選手交代は、監督がどれだけ選手を信用しているかの表われと言えそうです。そして下のカテゴリーはトーナメントではなく、なるべくリーグ戦にした方がいいというのもよくわかります。大人から信頼されている安心感があれば、ミスを恐れずチャレンジできます。その積み重ねが、自分自身で問題を解決できるような子供を育てるのでしょう。

久保弘毅

 

ハンドボールの魅力-タイムアウトが相手を助けることも

オムロンの黄慶泳ヘッドコーチ
オムロンの黄慶泳ヘッドコーチ

タイムアウトが相手を助けることも

後半残り5分を切ってからのタイムアウトは、相手との駆け引きが見どころになります。とある試合で非常に興味深いやり取りがありました。

その試合は後半25分で25-25の同点でした。先にタイムアウトを取ったのはAチーム。25分30秒あたりでのタイムアウトは、少々早すぎるようにも見えました。しかしAチームは19分に25-22とした後、5分以上点が入っていません。このまま点が入らない状態が続くと取り返しがつかなくなるので、終盤にタイムアウトを取っておくよりも、早めに立て直す方を監督は選択したのでしょう。実際に、先に26点目を取ったのはAチームでした。

一方Bチームの監督は、29分40秒を過ぎてから最後のタイムアウトを請求しました。この時点でスコアは28-27でBチームが1点リード。タイムアウトの札を提出した直後にシュートが入ったようにも見えましたが、タイムアウトが優先されて、得点は認められませんでした。こういう「タイムアウトを取らなければ、1点入っていたのに…」という場面は意外とあります。「名将」と言われる人でも、たまにやらかしてしまいます。

これで点が入らないで負ければ、間違いなく監督の責任になります。しかしBチームは残り20秒弱で作戦通り1点を奪い、29-27で勝利しました。結果的には、最後までタイムアウトを取っておいたBチームが勝利を収めました。もしAチームが25分過ぎにタイムアウトを取っていなかったら、勝てたでしょうか。3連続失点の悪い流れがさらに続いて、一気に離されていたかもしれません。監督が早めに勝負を仕掛けて、それがたまたま裏目に出てしまったのかも知れません。

自分たちを立て直すために取ったタイムアウトが、実は相手を助けていたりすることも多々あります。オムロンの黄慶泳ヘッドコーチは、相手のタイムアウトも頭に入れながら、試合の流れを読んでいます。こっちがタイムアウトを取らなくても「相手がこの時間帯に取ってくるだろうから」と予測して、タイムアウトの札を最後まで残しておくのです。60分間トータルでの試合運びにこだわる黄ヘッドは、やはりゲームの全体像が見えている指揮官です。
久保弘毅

ハンドボールの魅力-タイムアウトのタイミング

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・タイムアウトのタイミング
ハンドボールは前後半30分ずつで行われ、各チーム合計3回までタイムアウトを取れます。ただし前半だけで3回、後半だけで3回タイムアウトを取ることはできません。また後半残り5分を切ってからのタイムアウトは1回だけです。残り5分で2回続けて取ることはできません。

タイムアウトのタイミングを見ていれば、試合の流れや監督の考えなどが見えてきます。基本的にタイムアウトは、流れが悪い時に取るものです。セットオフェンスが練習通りでなかったり、相手のディフェンスシステムが急に変化した時などに、タイムアウトでやるべきことを整理します。だからタイムアウト明けのセットオフェンスはとても重要です。ここで1点を取れれば、流れを呼び戻せます。逆にシュートに行けずに終わると、何のためのタイムアウトなのかわからなくなります。

当然相手もわかっていて、タイムアウト明けにディフェンスシステムを変えてきたりもします。6:0DFから5:1DFに変えたり、オールコートマンツーマンでプレスをかけてくるなど、ディフェンスを変えることで相手の作戦を消してしまうのです。相手のタイムアウト明けにディフェンスシステムを変えてきたら「この監督、なかなか意地悪だな」と思ってください。もちろんほめ言葉ですよ。自分たちのハンドボールを貫くのも大事ですが、相手の嫌がることをやるのが戦いの鉄則です。

前後半の残り1分を切ってからや、後半の24分過ぎは、タイムアウトが多くなる時間帯です。ハンドボールの1回の攻撃はだいたい30秒ぐらいが目安です。バスケットボールのようにショットクロックはありませんけど、30秒ぐらいで攻撃が完結しないと、パッシブプレー(シュートを狙わない消極的なプレー)を取られてしまいます。

前半29分40秒でのタイムアウトなら、残り20秒をしっかり使って、1点取って前半を終わろうという意思統一がなされるはずです。下手に早打ちをして、相手の速攻を許してしまうと、+1点のはずが-1点になってしまいます。後半の29分15秒なら、攻撃した後の守り方まで指示があるでしょう。2点ビハインドの場合は、あまり手数をかけずに点を取って、さらにプレスをかけてボールを奪って同点に持ち込むといった作戦が考えられます。タイムアウトが2回残っている時には、後半の24分過ぎで1つ使っておくのも悪くありません。残り5分でタイムアウトを2回取れないのだから、その前に1回使って、終盤の戦い方を整理しておけば、タイムアウトが無駄になりません。
久保弘毅

今週末はプレーオフ(ハンドボール)-4

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・男子第二試合、トヨタ車体×トヨタ自動車東日本

レギュラーシーズンの対戦は1勝1敗。その日の状態次第で、結果も変わりそうです。

 

トヨタ車体は故障者を多く抱えながらも、若手の台頭で日本選手権を制しました。津屋がエースポジションで年間通して安定した働きを見せ、196cmの笠原が60分間真ん中を守れる安定感を身につけました。津屋、笠原といった「素材」を、時間をかけてものにしてきた酒巻監督の育成力は、もっと評価されていいでしょう。「無名でも身体能力の高い選手に最高のトレーニングを提供する」のが、トヨタ車体の育成方針です。

 

決めごとの少ないフリーオフェンスにこだわるチームなので、短期決戦ではやや安定感を欠きます。セットオフェンスが手詰まりになり、簡単に速攻を許す時間帯が、60分間のうちのどこかに必ず出てきます。踏みとどまるために重要なのがディフェンスです。サイズとフィジカルを武器とした6:0DFでどれだけ守れるか。国内随一の阻止率を誇るGK甲斐の大当たりにも期待したいところです。

 

対するトヨタ自動車東日本は、リーグ加盟4年目で初のプレーオフ進出を果たしました。中川監督はシーズン中「早く勝ち過ぎた弊害が出ている」と苦言を呈することもありましたが、年明けからの戦いぶりは見事でした。大学時代に攻撃専門だった選手がほとんどにもかかわらず、チーム全体に3:2:1DFの哲学を落とし込み、個人能力とチーム力の両方を上げてきました。

 

攻撃では濱口、玉井のダブルエースの得点力に加え、左利きの山田がどれだけ得点できるかがポイントになるでしょう。山田の得点が伸びると、東日本の勝ちパターンです。また松本、吉田の両サイドにも注目してください。地味ですけど、実にサイドらしい、玄人好みなサイドプレーヤーです。特に松本のシュートテクニックは、国内トップクラスと言っていいでしょう。近め、遠めを正確に打ち分ける技術を堪能してください。

久保弘毅

今週末はプレーオフ(ハンドボール)-3

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・女子第二試合、オムロン×ソニーセミコンダクタ

偉大なる左腕エース・藤井が抜けて、大黒柱の東濱もケガがち。今季のオムロンは大幅に若返り、苦戦続きでした。それでも黄慶泳ヘッドコーチの我慢強い起用が実を結び、エース候補の吉田が初の得点王になりました。この1年で攻撃のバリエーションが増え、相手との駆け引きも上達しました。今季のオムロンはよくも悪くも吉田が点を取らないと勝てないチーム。吉田のシュート精度が勝負のカギを握ります。

 

戦力的には苦しいながらも、GK藤間、東濱、永田、勝連と、勝ち方を知る選手がいるのがオムロンの強み。特に東濱がコートにいるだけで、チームの落ち着きが違ってきます。東濱を中心に守り勝つことができれば、2年ぶりの優勝も夢ではありません。昔からオムロンは、どこよりも守りを重視してきました。

 

対するソニーセミコンダクタですが、レギュラーシーズンは飛騨高山に星を落とすなど、いまいち乗り切れませんでした。しかし10月の国体では、日本代表組がいない中で控え組が奮起し、延長戦の末にオムロンを下して決勝まで勝ち進んでいます。特にルーキーの鈴木は国体でアピールして、レギュラーの座を勝ち取りました。2枚目が守れる左サイドで、1対1の強さもあり、なかなか面白い存在です。

 

ソニーは伝統的にスキルフルな選手が多いチームです。女子球界の生きる伝説・田中に代表されるように、小さくても巧い選手がボールを展開します。でもロングシュートが足りないので「巧いんだけど、シュートに持ち込めない」時間帯がどうしても出てきます。セットオフェンスをスムーズにするためには、大砲の活躍が必要不可欠。安倍、山野といったロングが打てる選手がはまれば、全体の得点も伸びるでしょう。

 

ロースコアの守り合いが予想されますが、守りではオムロンに一日の長があります。ただしソニーのGK飛田が勝負強さを発揮したら、試合はもつれるでしょう。いくつになっても向上心が衰えないベテランGKは、勝負どころで抜群の集中力を発揮します。

久保弘毅