・3人のタイプと組み合わせ
バックプレーヤー3人の役割分担をわかっておくと、攻撃のバランスが見えてきます。ひと昔前ならセンターはシュート力がなくてもパスを回せたらOKで、左バックと右バックに大砲を置くのが基本でした。センターはひたすらパスを配って、たまにシュートを打とうものなら監督に「お前が打つな!」と怒られたものです。よくも悪くも、打ち屋と司令塔の役割分担がはっきりしていた時代です。
しかし今はポジションチェンジが当たり前になり、どのポジションに入ってもオールラウンドにプレーできる選手が求められるようになってきました。センターであってもシュート力が求められますし、左バック(もしくは右バック)にいるエースにも、左右両方に展開できる視野の広さとパスセンスが求められます。ハンドボールが進化して、単なる打ち屋では通用しない時代になりました。
とは言っても、全員がオールラウンドにプレーできる訳ではありません。バックプレーヤー3人それぞれに得意なプレーがあり、その組み合わせでチームのバランスが保たれています。組み合わせを見ていけば、チームの得点パターンもだいたい推測できますし、選手交代の意図もわかるようになります。
司令塔1人とロングヒッター2人の古典的な組み合わせは見栄えがしますけど、展開力にやや欠けます。ロングヒッターには自分でチャンスを作り出す能力に欠けるタイプが多く、センターの負担も大きくなりがちです。この手の組み合わせの代表例が琉球コラソン。左バックに棚原良、右バックに台湾からきた趙顯章と左右の大砲がいて、センターの水野裕紀がひたすらパス回しに徹するスタイルです。両エースの決定力は抜群ですが、時に球離れが悪くなるのが課題です。
展開力を重視するために、パスを配れる司令塔を2人同時にコートに置くパターンもあります。下手にロングヒッターを配置するよりもボール回しがスムーズになり、攻撃のリズムが作りやすくなります。世界最終予選での日本代表女子では石立真悠子と横嶋彩の司令塔2枚が同時に出場し、真ん中にいる横嶋姉妹の2対2に合わせて、3人目で石立が絡んでくる展開が機能しました。同様に湧永製薬でも司令塔タイプの佐藤智仁と原健也が同時にコートに立つと、攻撃がスムーズになっていました。
しかしパスとカットインが得意な選手だけを3枚揃えても、攻撃はうまくいきません。ソニーセミコンダクタは先日のプレーオフを最後に引退した田中美音子を筆頭に、小さくて巧くてハンドボールIQの高いバックプレーヤーが揃っていました。ところがロングシュートの怖さがないから「巧いんだけど、点が取れない」事態に陥りがちでした。よかった頃のソニーは、田中美音子と張素姫(元韓国代表)の2人が阿吽の呼吸でチャンスを作り出し、ディフェンスがへこんだところにロングシューターの山野由美子がはまる得点パターンがよく見られました。やはりロングシューターは必要なのです。
久保弘毅
・ディフェンスを広げる位置にいるか
シュートを打ちやすくするために、まずは相手とずれた位置を取ることが大事になります。次に重要なのがディフェンスを広げる位置取りです。特にエースポジションと言われる左バックと右バックは、ディフェンスを広げるための位置取りが求められます。
以前ハンドボールの技術書を作っていた時、ハンドボールをまったく知らない編集者が「シュートを決めたいのならゴールに近づいた方がいいのに、どうして離れるような位置取りをするのですか?」と質問してきました。確かにそうですよね。真ん中に近づけばゴールも広く見えるし、ゴールへの距離も近くなります。でも、その分ディフェンスも分厚くなります。どのシステムも真ん中にディフェンス能力の高い選手を置いて、得点を防ごうとしています。だからインに近づいていくと、ゴールが近くなるような気がしますけど、実際には守られてしまうのです。
ではどうすればいいのか? 真ん中の分厚いディフェンスを何とか広げるために、左バックと右バックはサイドラインに近い位置を取るのです。これも本能に反する動きです。点を取るために、ゴールに近づきたいのが人間の本能。だけどそこをグッとこらえて、点を取るためにあえてゴールから離れた位置を取るのです。サイドライン際に位置を取れば、ディフェンスが真ん中で密集しにくくなります。広がった間を一直線に攻めることができるし、サイドへのパスも出しやすくなります。
さらには両サイドの協力も必要になってきます。両サイドはディフェンスを広げるために、なるべく角を取るようにします。セットオフェンスだけでなく、速攻でもいち早く角を取るのが大事です。たまに女子のチームで、両サイドが角を取らないところもありますが、そうすると「狭い6対6」を攻めることになるので、いつまでたってもずれが生じません。角からだとサイドが飛び込めない。角を取ると、戻りが遅れる。体力的な問題などの理由はあるでしょうけど、両サイドはなるべく角を取って、ディフェンスを広げてほしいですね。
どのポジションにも共通して言えるのは「ディフェンスを広げる」意識です。「ディフェンスを広げる」=「スペースを作る」ですし、スペースが広ければ広いほどオフェンスが有利になります。この原理原則がわかっていれば、チーム全体で動いてスペースを作ろうとしているハンドボールを「美しい」と感じられるでしょうし、ただ上から打つだけで問題を解決しているハンドボールが「面白くない」理由がわかるでしょう。
サッカーでもボールに群がってグチャグチャ攻めるのを「軍鶏の喧嘩」と言ったりします。いい位置を取って、スペースを作り出すから美しい。このあたりの審美眼は、ボールゲームに共通する考え方かもしれません。
久保弘毅
攻撃は何かと難しいので、あまり深入りしない方がいいかもしれません。それでもただシュートが入った、入らなかっただけでは味気ないので、シュートの前段階に着目してください。シュートを打つ前の位置取りや、ボールをもらう前の動き(いわゆるオフ・ザ・ボールの動き)を見ていれば、シュートが入る理由が見えてきます。
特にバックプレーヤーの位置取りで言えるのが、ディフェンスとずれているかどうか。あまり点が入らないチームは、バックプレーヤーがディフェンスと重なっています。ポジションチェンジで移動してきたにもかかわらず、御丁寧にディフェンスの真ん前に位置を取ったりしています。相手とのずれを作るためのポジションチェンジなのに、ただ場所を変えただけになっています。これではシュートチャンスを生み出せません。
でも仕方ありません。ずれた位置に立つというのは、人間の習慣に反する行為だからです。駅に行けば、乗車位置の印の前に並びます。整列する時は前の人と重なるように、一列になります。ちょっと汚い話ですけど、男子便所に行けば、小便器の印めがけて用を足します。特に日本人はきちっとしつけられているので、目印に引き寄せられがちです。
余談になりますが、かつて日本リーグに、大事な場面になると必ずと言っていいほどGKのお腹にぶつける選手がいました。たまりかねた監督が問いただすと、その選手は子供の頃にドッジボールをしていたと言うのです。ドッジボールは人を狙って当てるスポーツです。GKのいないところに打つハンドボールとは似ているようで、本質的に全然違います。子供の頃にドッジボールで培った習慣が、ハンドボールのとっさの場面で出てしまう。恐ろしい話です。
話を元に戻すと、ハンドボールは的を狙ったり、人のいるところに向かっていくスポーツではありません。人のいないところ(=スペース)を狙って、GKのいないところにシュートを打つスポーツです。人のいないところを攻めれば、ノーマークで打てる確率が高まります。当然シュートの成功率も高くなります。わざとディフェンスとかぶって打つステップシュートなどもありますが、ずれた位置から打つのがシュートの基本です。
相手とずれた位置を取るだけで、高校生の県大会ではある程度まで勝ててしまいます。全国大会を見ていても、高さに物を言わせて上から打つだけで、意外とずれた位置を取れていない強豪校もあったりします。もちろん監督さんはわかっているし、選手たちも頭で理解しているはずですが、日常生活から染みついた習慣はなかなかぬぐえません。人のいないところに行くのか。それとも人のいるところに並ぶのか。国民性の違いや価値観まで話を広げると、ややこしくなるのでやめておきましょうか。
久保弘毅
・悪くても、あえて代えない
反対に、選手交代をあえて我慢する監督もいます。選手が悪い状態でも代えないで、いいプレーが出た後に代えるのです。ひとつ間違えると、チームもその選手も泥沼にはまりかねない危険な采配ですけど、そこには監督と選手の信頼関係があります。
かつて緒方嗣雄監督がソニーセミコンダクタにいた時、女子球界の生きる伝説・田中美音子を交代させました。この日の田中は珍しく調子がよくなく、シュートも決まっていませんでした。しかし緒方監督は我慢して、田中が悪い状態を抜け出し、1ついいプレーを決めてからベンチに一度下げました。選手が落ちている途中で代えずに、立て直しのきっかけをつかんだ後に交代させる――非常に興味深い選手起用でした。
緒方監督は「そんなのは俺の勘や」と言っていましたけど、采配からは「田中は自分で立て直せる選手」という信頼が感じられました。自分で立ち直りのきっかけをつかんでから代えれば、次にコートに戻る時にもいいイメージで入れます。「ダメだから」の烙印を押さずに、死に駒を作らない起用法です。少々言葉足らずで、頭に血がのぼりやすいイメージが強かった緒方監督ですが、こういう感覚も持っていたのです。
同様に大崎電気の岩本真典監督も「選手を信頼してコートに送り出しているんだから、調子が悪いからと言ってすぐベンチに下げるような選手起用はしたくない」と言っています。22人の選手を抱えながら、年間通して選手のプレータイムをうまく割り振っている印象が、岩本監督にはあります。バスケットボールなどでよく見られる「選手をローテーションさせる」イメージに一番近い監督かもしれません。
選手を上手にローテーションさせる監督は、チームの底上げが得意です。やはり試合に出ないと、選手は伸びませんし、「自分で立て直す力」をつけないと、最終的にはレギュラーになれません。しかし戦い方で言うと、「リーグ戦向きの戦い方」と言えそうです。負けても次があるリーグ戦だから、選手の不調が底を打つまで我慢できるのです。トーナメントで選手自身の立ち直りを待っていたら、大会そのものが終わってしまうリスクがあります。
性善説と性悪説ではありせんが、選手交代は、監督がどれだけ選手を信用しているかの表われと言えそうです。そして下のカテゴリーはトーナメントではなく、なるべくリーグ戦にした方がいいというのもよくわかります。大人から信頼されている安心感があれば、ミスを恐れずチャレンジできます。その積み重ねが、自分自身で問題を解決できるような子供を育てるのでしょう。
久保弘毅
タイムアウトが相手を助けることも
後半残り5分を切ってからのタイムアウトは、相手との駆け引きが見どころになります。とある試合で非常に興味深いやり取りがありました。
その試合は後半25分で25-25の同点でした。先にタイムアウトを取ったのはAチーム。25分30秒あたりでのタイムアウトは、少々早すぎるようにも見えました。しかしAチームは19分に25-22とした後、5分以上点が入っていません。このまま点が入らない状態が続くと取り返しがつかなくなるので、終盤にタイムアウトを取っておくよりも、早めに立て直す方を監督は選択したのでしょう。実際に、先に26点目を取ったのはAチームでした。
一方Bチームの監督は、29分40秒を過ぎてから最後のタイムアウトを請求しました。この時点でスコアは28-27でBチームが1点リード。タイムアウトの札を提出した直後にシュートが入ったようにも見えましたが、タイムアウトが優先されて、得点は認められませんでした。こういう「タイムアウトを取らなければ、1点入っていたのに…」という場面は意外とあります。「名将」と言われる人でも、たまにやらかしてしまいます。
これで点が入らないで負ければ、間違いなく監督の責任になります。しかしBチームは残り20秒弱で作戦通り1点を奪い、29-27で勝利しました。結果的には、最後までタイムアウトを取っておいたBチームが勝利を収めました。もしAチームが25分過ぎにタイムアウトを取っていなかったら、勝てたでしょうか。3連続失点の悪い流れがさらに続いて、一気に離されていたかもしれません。監督が早めに勝負を仕掛けて、それがたまたま裏目に出てしまったのかも知れません。
自分たちを立て直すために取ったタイムアウトが、実は相手を助けていたりすることも多々あります。オムロンの黄慶泳ヘッドコーチは、相手のタイムアウトも頭に入れながら、試合の流れを読んでいます。こっちがタイムアウトを取らなくても「相手がこの時間帯に取ってくるだろうから」と予測して、タイムアウトの札を最後まで残しておくのです。60分間トータルでの試合運びにこだわる黄ヘッドは、やはりゲームの全体像が見えている指揮官です。
久保弘毅
ドイツより meine Lieblingssachen