この選手が凄い! その11
門谷舞(広島メイプルレッズ)
【この戦力でよく勝っている】
エースの李美京とポストの高山智恵が抜けて、苦戦が予想された今シーズンの広島メイプルレッズ。リーグが始まっても、攻撃力のある三田未稀、木村有沙が戦線離脱し、スピーディーかつ強気な動きで得点に絡んでいた近藤万春もダウンした。それでも高卒ルーキーの井内理絵、田渕美沙を起用しながら、メイプルはプレーオフ進出を決めている。無敗を誇る北國銀行との対戦では引き分けに持ち込み、貴重な勝ち点1をもぎ取った。
手負いのチームをよくまとめているのが、今シーズンからキャプテンを務める門谷舞。「このメンバーでもプレーオフに行きたい」と、弱気になりがちな若いチームを奮い立たせてきた。
【2枚目を任せられる守備力】
はっきり言って、今のメイプルでセットOFでの得点力は期待できない。だからGK板野陽と6:0DFの真ん中4枚でひたすら守り勝つしかない。門谷は右の2枚目に入って、相手のエースを封じる。右サイドが本職の選手で、しかも左利きで、確かなDF力を持った選手は、日本の女子では貴重な存在。もう少しスピードがあれば、日本代表に選ばれてもおかしくない。
以前も紹介したように、門谷と石川紗衣の2人が2枚目で高い守備力を発揮してくれるから、メイプルの6:0DFは成立している。この2人がいたから、メイプルは負けなかったと言っていい。徹底したDFで守り勝つ飛騨高山高の出身者らしく、強くて粘り強い守りで、チームを勝たせる。
【人間性の素晴らしさ】
本職は右サイドなのだが、この1年はチーム事情で右バックに入る時間が増えている。はっきり言って、ミドルシュートの威力は水準以下。無理やりやらされている感が強く、本人も苦しんでいたし、実際に数字もよくない。それでもチームのためにプレーを続け、自分がしんどくても周りに声をかけ続ける。コーチやOGは口を揃えて「門谷は本当によくやってくれている」と、彼女の頑張りをほめたたえる。
最近は左から眞継麻礼、門谷、田渕の上3枚で回す時間帯も増えてきた。門谷がセンターに入ればポストへパスを落とせるし、眞継が得意のフェイントで左のアウトを割れる。右側に田渕を置いておけば、ベンチが近い時に交代しやすい。門谷への負担がさらに大きくなるが、この配置も悪くない。
副キャプテンだった時代からハンドボールへの取り組みがよく、つねにチーム全体のことを考えて行動していた。今年はキャプテンで悩みながらも、若いチームを「自立」へと導いている。今年のメイプルの粘り強い戦いぶりは、キャプテンの人柄を反映していると言っていい。背負うものが多すぎて、キャプテンになった当初は、これまで決めていたシュートまで外していたこともあったが、元来は勝負強い選手。ロースコアの試合展開に持ち込んで、相手の息の根を止める1本を、プレーオフで見せてくれるか。
久保弘毅
この選手が凄い! その10
藤戸量介(豊田合成)
【小柄だけどよく止める】
日本リーグのGKでは最小の身長170cm。最低でも180cmはほしいと言われるGKのポジションで、このサイズで活躍できていること自体が奇跡。チーム内に坂井幹、佐々木亮輔、内定選手の中村匠と大きいGKが揃う中で、ひときわ異彩を放っている。
小柄であるがゆえに、反応が鋭い。ボクサーのような構えから瞬時に飛び出し、ボールに近づいていく。距離のあるディスタンスシュートだけでなく、7mスローなどの至近距離のシュートでも反応で捕ってしまう。小学校の時はサッカーのGKで、中学からハンドボールのGKに転じた。サッカー時代の名残か、低めのボールには足よりも手から先にダイブするような捕り方をたまに見せる。
ほかにもフェンシングやボクシングの動きを参考にするなど、独自の感性でキーピングのスタイルを作り上げてきた。王道の捕り方ではないかもしれないが、GKの大原則「ボールに近づく」ことに関しては、リーグでもトップクラスと言っていい。
【気合入りまくり!】
藤戸と言えばガッツポーズ。ノーマークや7mスローを止めて、雄叫びを上げる。「ある種のルーティーンです」と言うように、これで自身も乗ってくるし、ベンチも盛り上がる。流れを変える究極の一発芸と言っていい。2月の日本選手権では水町孝太郎がMVPに選ばれたが、藤戸が選ばれてもおかしくなかった。それだけ準決勝、決勝でのパフォーマンスは素晴らしかった。
ガッツポーズの姿には、運動神経が意外と反映されやすい。藤戸の姿は、見るからに「動けるヤツ」のガッツポーズ。「バカになるくらい叫んでいます」と言うものの、コートの上でバカになれる存在は貴重。こういう選手がチームにプラスαをもたらす。
【スローイングもいい】
小柄で身のこなしがよく、スローイングもいい。中学からの先輩で、豊田合成でも一緒にプレーする野田祐希のアドバイスで、「ここに(パスを)出せばいい」イメージをつかんだという。攻撃力のある合成だが、速攻で右サイドの出村直嗣の決定力を上手に活用すれば、もっと楽に点が取れる。また左サイドには中尾俊介、津波古駿介ら若い選手が入ることが多いので、イージーな得点を取らせてあげることも重要になってくる。
DFの足が動いて、そのDFと連携して藤戸がいい位置取りからのセーブ。さらには速攻という流れが増えれば、ハイスコアになりがちな合成の試合展開も落ち着いてくるだろう。去年は初のプレーオフ出場で、チーム全体がやや浮足立っていた。藤戸のセーブと雄叫びが、「いつもの合成」の姿を思い出すきっかけになれば、プレーオフ初勝利、初制覇が現実味を帯びてくる。
久保弘毅
河嶋英里(三重バイオレットアイリス)
【サイドからの切りが上手】
サイドから切ってダブルポストになる「きっかけ」の動きがある。多くの選手は、ただ何となく目的地へ向かっている感じなのだが、河嶋は違う。「色んなところでスクリーンになれるよう意識しています」と言うように、行く先々で連鎖を起こしている。
まず動き出しのタイミングがいい。パスをもらう選手と瞬時に2対2になりながら、DFの背後を嫌らしい距離感で走り抜ける。目の前のボールを持った選手と、裏を走る河嶋の両方が気になるから、DFは混乱する。放置しておいたら、最初の動き出しから即パスをもらってポストシュートに持ち込む。河嶋のプレーを見れば、サイド切りはスクリーンであり、広義でのクロスになるんだなと実感できる。
【攻守のアクセントになる】
他にも試合を見ていれば、河嶋が地味に効いている場面がそこかしこにある。たとえばDFから速攻に転じる場面で、司令塔の加藤夕貴が捕まった。そんな時に河嶋がスッと真ん中に走ってボールをつなぎ、速攻を展開する。バイオレットのゴールシーン集でも、速攻のフィニッシュの前段階で、河嶋がさりげなく絡んでいることが多い。
守備面では5:1DFのトップになって、相手の攻撃のリズムを崩すのも得意。流れを変えたい時の重要なオプションのひとつでもある。最近は高い運動能力で華やかに動き回る細江みづきもトップDFで活躍しているが、河嶋の方がより地味にツボを押さえている。
サイズ、シュート力、スピードといった一芸で考えると、まずスタメンの7人には選ばれないタイプ。でも試合の局面で「ここで河嶋がいてくれたら」と思わせるような「うま味」がある。ボールゲームの4局面をスムーズに回すには、河嶋のような「無形の力」を持った選手が欠かせない。
【代表に選ばれないのは?】
巧くてクレバーな選手だけど、なかなか日本代表には選ばれない。いつも候補止まりで、悔しい思いをしている。このあたりは左サイドに求められる役割が、日本代表と三重とで違うからだと思われる。
日本代表のウルリック・キルケリー監督は、センターの横嶋彩(北國銀行)を6:0DFの1枚目に入れて、速攻での得点を増やしたいと考えている。横嶋のサイズを補完するために、左サイドにはまず2枚目を守れるスケールが求められる。次に日本代表はセットOFで7人攻撃を多用するので、両サイドは細かい動きよりもフィニッシャーに徹することが求められる。
シュート力とサイズだけで評価されると、河嶋は「物足りない」扱いになってしまう。しかし櫛田亮介監督率いる三重では、攻撃の起点であり、速攻のつなぎ役であり、DFのアクセントである。そうなると河嶋のクレバーさが活きてくる。代表と三重とどっちがいいとかではなく、そこは監督のハンドボール観の違い。また昔よりも女子のレベルが上がり、日本代表のメンバー選考に選択の余地が出てきたとも言える。河嶋は求められる場所で、細かい仕事を丁寧にすればいい。ハンドボール好きには「河嶋のプレーが好き」と言う人が多い。
この選手が凄い! その7
河田知美(北國銀行)
【小さくても点が取れる】
小柄な点取り屋として、学生時代から評判だった。北國銀行に入ってからも本職の左バックだけでなく、左サイドでも得点を重ね、中心選手になった。カットインができて、ロングも打てて、2対2の理屈がわかっているから横にずらしたり、ポストを見ながらプレーできる。攻撃に関しては非の打ちどころがない。
アンダーサイズな点取り屋は、上のカテゴリーでセンターに回されがちだが、荷川取義浩監督にエースで育ててもらえたのは、河田にとって幸運だった。荷川取監督は「河田は技を持っている」と言い、河田を効果的に起用している。DFでのサイズ不足を補完してくれる大型サイドの田邉夕貴が隣にいたこともよかった。かつての横嶋かおるなど、荷川取監督は、小柄でもハンドボールを分かっている選手を抜擢するのが上手い。
【サイズ不足を補う工夫】
身長160cm(公称)だが、9mの外からロングシュートを決め切れる。得意技は落ち際で放つロング。小さいから最高到達点で打とうとするのではなく、そこから落ちてきたタイミングでコースに打ち分ける。DFも落ちてきているタイミングだから、シュートブロックに引っかからない。どういうタイミングでジャンプして、どのようにして滞空時間を保っているのかはわからないが、「1人時間差攻撃」のようなズレを生み出す。
また7mスローを担当する際には、7mのラインより少し下がって、シュートコースを確保する。「私みたいな小さい人間は、国内からそういった工夫をしないと生き残れません」とのこと。その工夫は国際大会でも役に立っている。河田が7mスローを打つ時は、立ち位置に注目を。
【素敵な僧帽筋】
小さくても投球動作がしっかりしている河田は、シュートフォームが美しい。両ヒジが少し背中側に入った、羽ばたくようなテークバックから、強いシュートを打ち込む。野球の投手で言えば東明大貴(オリックス)のような、質のいい真っすぐが投げられるフォーム。肩甲骨周辺の柔らかさはリーグ屈指。柔らかさだけなら山野由美子(ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング)もいるが、柔らかさと強さの両方となると、河田が一番だろう。
強さの源は、しっかりと発達した僧帽筋。小顔だから余計に、首から肩にかけての筋肉が目立つ。日本のフィジカルに優れた女子選手で結成しているGGS(ゴリゴリしスターズ)の一員。当初は「筋肉不足」と入会を見送られていたが、素晴らしい僧帽筋が認められ、晴れてメンバー入りを果たした。
久保弘毅
この選手が凄い! その8
髙宮咲(HC名古屋)
【天性のリーダーシップ】
HC名古屋はここ2年ほどで強くなった。若くて戦術眼に優れた新井翔太ヘッドコーチがチームを立て直し、いい新人が入るようになった。若くて勢いのあるチームをまとめているのが、4年目の髙宮。1年目からリーダーシップを発揮し、髙宮を慕ってセンターの笠原有紗ら好素材が名古屋に集まり出した。
以前の名古屋は、まじめで人柄のいい選手が集まっていたが、リーダータイプの人間がいなかった。そこに髙宮が入り、また髙宮の同期にDFの要の水谷百香がいたことで、チームの柱ができた。チームが強くなる過程では、こういう髙宮のような求心力を持った選手が必要不可欠。かつて弱かった三重バイオレットアイリスも、漆畑美沙というリーダーがいたことで、力のある後輩が集まり、櫛田亮介監督体制で花開いた。HC名古屋も髙宮を中心にまとまれば、初のプレーオフへの道が開けるだろう。
【2ポジションで役に立つ】
右サイドが本職ではあるが、新井ヘッドが就任してからは右バックでの起用が増えている。インに回り込んでのミドルに、器用なパスさばきなど、左利きの利点を生かしてセットOFをスムーズにしている。
現役時代センターだった新井ヘッドは、ゲームメイカーにこだわりを持っている。チーム内には絶対的な司令塔・笠原がいるが、新井ヘッドは「最もセンターらしい性格をしているのは髙宮」と言い、右バックに置くことで髙宮の冷静、視野の広さを引き出している。新井ヘッドはまた「デシジョンメイカー(意思決定者)は必ずしもセンターである必要はない」とも言っている。突破力がありながら時に熱くなりがちなセンターの笠原を、先輩の髙宮がフォローし、判断の手助けをするのが理想の形。今シーズンは笠原も突発的なパスミスがかなり減り、司令塔として1つレベルが上がってきた。その裏には、冷静にチーム全体を見られる髙宮の存在があると思われる。
【HC名古屋に久々に登場した代表選手】
リーグでの活躍が認められ、髙宮は今年から日本代表に呼ばれるようになった。HC名古屋から代表選手が出たのは久しぶりのこと。記憶に残っている範囲では、2007年前後に佐藤由紀恵が代表合宿に参加して以来か。
出身地の群馬での代表戦にこそ出場できなかったが、その後のトライアルゲームに出場し、代表活動で得た刺激をチームに還元している。ちなみに新井ヘッドも女子ジュニア(U-20)日本代表のコーチに呼ばれている。HC名古屋と世界との接点が増えてきたのはいい傾向。
【追記】残念ながら10月下旬の試合でヒザを痛めて、長期離脱の見通し。初のプレーオフ進出を目指していたHC名古屋にとっては大きな痛手だが、髙宮はコート外からも積極的に声をかけている。視野が広くて、フォアザチームの意識が徹底している選手。たとえコートに立てなくても、チームにいい影響を及ぼしてくれるに違いない。
髙宮咲選手は今シーズンのmelis契約選手です。
久保弘毅
ドイツより meine Lieblingssachen